世界的な盛り上がりを見せる宇宙ビジネス。
市場規模は2020年に約40兆円となり、この10年間で約1.5倍の規模になっています。その要因の一つが、民間企業による宇宙産業への参入です。
これまで国が主体となって行っていた宇宙の開発ですが、近年では欧米を中心にベンチャー企業等を政策的に育成・強化し、国はこれらベンチャー企業の提供するサービスを利用する形に大きくパラダイムシフトしています。
日本においても、安倍元総理が宇宙開発戦略本部において「自立した宇宙利用大国の実現」を目指すことを明言されており、その実現に向けて、官民の連携を図ることが非常に重要です。
JAXAが宇宙ビジネスを育てるために2018年からスタートした官民連携プロジェクトであるJ-SPARCプログラム。
このJ-SPARCプログラムの運営をリードする岩本裕之さんに、新事業促進部の取り組みとJ-SPARCプログラムについてご説明をいただくとともに、宇宙事業における国と民間の関係の変化や、宇宙事業の将来に向けた期待をお伺いしました(取材後、本プログラムの運営を行う新事業促進部から人事部に異動。)。
岩本 裕之(いわもと ひろゆき)
宇宙航空研究開発機構(JAXA)人事部長(取材当時:新事業促進部長)
平成3年、宇宙開発事業団(NASDA)入社。これまで宇宙の営業マンとして、宇宙ステーション計画のプログラム管理及び民間利用の推進、H-IIロケットの民間移管、海外駐在(米ワシントン/仏パリ)、宇宙教育、宇宙産業強化・利用拡大、宇宙技術のスピンオフ、衛星データ利用推進、民間企業との共創活動(J-SPARC)推進などに取り組んできた。
2021年1月より現職。現在は、人事の立場から、宇宙業界における人材育成や人材流動性に関する取り組みを推進している。
JAXA新事業促進部:https://aerospacebiz.jaxa.jp/

新事業促進部の活動とJ-SPARCプログラムについて
倉原:まずJAXAさんの新事業促進部と、J-SPARCプログラムについて、教えてください。
岩本さん
これまでは例えば宇宙ステーション計画とか、アメリカだったらスペースシャトルの計画とか、日本でもロケットの計画とか、基本的には、政府が宇宙活動の中心になって、それを民間企業とともに技術を開発し、それを民間企業が活動できるよう技術移転などをしていました。しかし今は、民間企業が独自に宇宙活動の幅も広げ、自ら技術開発もできるようになっています。そういった状況の中、われわれ新事業促進部は、民間企業と連携し、新しい次の宇宙活動を立ち上げていこうということを主に考えています。
また、新しい事業を立ち上げるだけでなく、従来からやっているロケットや衛星を、海外に売ることで日本の産業競争力を高めるということも考えています。あとは新しいビジネスをやるために、新しい参加者の宇宙活動への参入を促進をしたり、活動の種類をロケットや衛星だけじゃなく、例えばエンターテインメントとか衣食住とか、新しい領域に広げたり。そういう新しいイノベーションを起こすというのが、新事業促進部です。
新事業促進部は全部で25名ぐらいいるんですが、そのうちの9名から10名程度がJ-SPARCを担当しています。
J-SPARCは個々の民間企業さんと、宇宙がちゃんとビジネスになることを目指し、新しい事業を一緒に共創するプログラムです。その他に、競争力強化という観点で、いわゆる日本の重工企業や電機メーカーと一緒に、海外に日本の技術を売りに行ったり、宇宙産業をどのように広げるかという理念を作っているのが企画調整課です。
また、個々の企業と組んで共創活動するJ-SPARCとは異なり、もっと幅広い形で民間企業と一緒にやる枠組み、例えばロケットに小型衛星を搭載する相乗り衛星の制度を運営したり、施設供用といってJAXAの設備を民間の方々に使っていただく制度を運営したり、将来の探査シナリオを民間企業と一緒になって検討するとか、そういう全般的な事業を支援してるのが事業推進課です。J-SPARCは個々の企業との窓口になっていますが、まだ個別の協力が見える前の総合窓口もこの事業推進課が実施しています。総合窓口には「宇宙をただやりたい」っていう企業さん、「具体的にこういう技術持ってるのでJAXAで使ってくれない?」っていう企業さん、またJ-SPARCをやりたいっていう人も来るし、施設・設備を使いたいっていう人も来ます。他に、相乗りをしたいとか、宇宙で技術実証したいっていう人も来ます。
革新的技術実証衛星も新事業促進部で窓口をやってるので、活動している内容はとてもは多いですよ。
倉原:革新的技術実証衛星もそちらだったんですね。
岩本さん
そうです。実際に衛星作ったり技術調整するのは筑波にある研究開発部門ですが、新事業促進部で公募の窓口業務をやってます。
倉原:もう少しJ-SPARCのほうのプログラムについて、目的や背景と言ったところを聞かせてください。プロジェクト化しているものについて見ていると、スタートアップとのプロジェクトと、今まで宇宙産業やってきた日本のメーカーじゃないところとのプロジェクトが多いなという印象を個人的に持っており、今までのJAXAの取り組みと少し違うんだろうなと感じています。
岩本さん
J-SPARCは、「JAXA宇宙イノベーションパートナーシップ」の略ですが、まさに民間企業さんとパートナーシップを組んで、民間企業さんとウィンウィンな形、いわゆるイコールパートナーとして新しい事業を作っていくことが目的です。民間企業さんはビジネス化を目指し、JAXAは自ら有する技術力を更に高める、そういう両方がメリットがあるような形での共創を行うプロジェクトです。国のプロジェクトとして得られる技術と、民間企業さんが事業を考えたときに出てくる技術はやっぱり違いがあるので、国のプロジェクトだけでは得にくいものを一緒にやることで、JAXAも技術力を上げることができると考えています。
民間企業さんとJAXAの間での資金のやりとりはなく、自分たちのリソースをそれぞれ自分たちで持ってきて進めるという形になっています。目指すところは、まさにビジネスを作る、事業化をするというところです。内閣府による宇宙産業ビジョンでは、日本の宇宙産業規模を1.2兆円を2.4兆円にするという目標がありましたが、如何に宇宙のマーケット(市場)を大きくするかというのがわれわれの目的です。
ですので、J-SPARCの対象として、1つはベンチャーさんが今やっている事業を大きくすること。例えば、輸送系では、スペースウォーカーさん、PDエアロスペースさん、スペースワンさん、インターステラテクノロジズさんの4社と一緒にやっています。輸送がないと宇宙開発は始まらないじゃないですか。だから、どこかの企業に肩入れするというよりは、4社に対してちゃんと事業がうまくいくような形で、サポートしていく。これによってウィンウィンかつ、宇宙産業が発展するための技術的かつ事業の基盤を整備していこうとしてます。
他には、宇宙の大企業が起こす新しい事業。例えば、スカパーJSATさんが、これまで実施してきた通信以外の事業を拡げようとしたときに一緒に組むことで、宇宙の活動の幅を広げることができます。
また、これまで宇宙をやってない衣食住関係のプレーヤーに宇宙分野に入ってもらい、ヘルスケアの観点とか食の観点で組むことで、宇宙活動の幅や参加者の数を広げていこうとしています。そして、いろんな民間企業さんも宇宙をビジネスとして捉え始めてることで幅が広がっています。宇宙活動自体の幅も広がっていますし、宇宙旅行とか宇宙観光とか、実際に人が宇宙に行くための事業が増えてきて、宇宙活動の分野も生活に近いところに来てるんです。そういう意味で、今われわれの普段の生活におけるヘルスケアとか衣食住とか、これらの分野でも宇宙に入ってこれるようになってるし、広がってるという感じです。だから、全然業界が違う企業さんや昔は宇宙に関わらなかった大手企業さんからも話をいただいて、一緒に共創活動も開始していますし、そうやって宇宙のマーケットがどんどん大きくなってきています。J-SPARCはそのような宇宙市場の拡大を目指してます。
倉原:なるほど。インフォステラも事前対話させていただいてるんですが、インフォステラとしては、地上局サービスを提供する会社として事業を大きくしたいと思って、何とかインフォステラのサービスをJAXAさんに使ってもらう方向がないかみたいな感じのプロジェクトの話になりがちです。J-SPARCの共創みたいなところと合うのかなと、心配をしています。
岩本さん
立て付け、どういうふうに組むかだと思うんです。J-SPARCは共創ということが基本なので、JAXAと民間企業さんが双方にメリットがあることが重要です。それぞれの成果は何か、メリットは何かを事前対話で議論させていただいています。双方のメリットは必ずしも技術獲得だけではないと思っています。J-SPARCを実施したことにより、JAXAの技術開発の考え方を学び、投資家の信頼を獲得できたとか、JAXAのネットワークを利用して新たな顧客を獲得できたとか。JAXAとしてのメリットも技術獲得だけでなく、いかに宇宙市場の拡大に貢献したか、ちゃんと宇宙人材が育ったかとかありますので、私は、いろいろな形で、うまくJAXAを利用してもらえれば良いと考えています。
倉原:実際、日本のスタートアップが海外に出ていくときにも、「JAXAさんと何か関係あるの?」と、聞かれたりすることもありました。日本の企業としてJAXAの支援を受けられてないってなると、逆に見え方がすごく悪いんです。
岩本さん
そうですね。前にJAXAのワシントン駐在員事務所の駐在員をやってた時は、企業さんと一緒に日本の技術を売り込んだり、事前に今度こういう日本企業来るからよろしくね、と事前に連絡入れたりしました。今も、海外に売り込み行くので手伝ってほしいという依頼を受け、シンポジウムなどの機会を捉えて担当者の紹介をしたりと、新事業促進部としていろいろ支援をしています。
倉原:それはぜひお願いしたいです。
岩本さん
例えばワシントンには常時2人いますし、バンコクとパリにもJAXAの事務所はあるので、是非お声掛けください。一緒に相手方企業に行けたら一番いいし、もしうちの駐在員が同行できなくても、話をしてきたよとか駐在員に言ってくれれば、何かお手伝いができるかもしれません。
倉原:ありがとうございます。もう1つ別の話で、JAXAさんからビジネスを作るっていう話もJ-SPARCのプログラムにあったかと思います。思い付きに近いんですが、JAXAさんがずっとNICTさんでやられている光通信、インフォステラは衛星のほうではなく、地上の光通信の局をネットワークに組み込むことにとても興味があります。インフォステラのコアのプロダクトは地上局をネットワーク化するソフトウエアなんですが、組み込む地上局が、光通信の地上局であってもRFの地上局であっても、特に運用上変わりはありません。衛星トラッキングして出てきたデータを転送するだけです。光通信の衛星プロジェクト増えてきてるんですが、商用の光通信の局貸し出すのはあまりないので、面白いんじゃないかなと思っています。
岩本さん
そうですね。今、地上と通信するための周波数調整は大変ですもんね。アマチュア無線とか使ってる大学も多いですけど、事業になってくると光を使うほうが調整は楽だなとは思います。JAXAでも光通信の実験をやったりしています。宇宙側のみならず、地上側でもいろいろ考えることが出来ますね。
倉原:例えばこのケースの場合、光通信の地上局のハードウエアを作るノウハウとか技術は、JAXAさんにあります、その製造と世界に配置して運用するところをインフォステラがやりますみたいな枠組みになると思います。こういうときの、課金モデル、事業の作り方ってどうなってるんですか。ライセンス料をJAXAさんが受け取るとかでしょうか。
岩本さん
そうですね。そこはJAXAが何をやるかによりますね。例えば、JAXAで光通信をやっていた技術者がいて、新しい技術を共同して開発し、それがビジネスになったときには、ロイヤルティー半分ちょうだいね、となる場合もあります。J-SPARCだと、個々の技術ではなく事業モデルを共創しているので、新たに得られた試験のデータや運用のデータが共有できれば、JAXAとして十分という場合もあります。そこは個別具体的な調整になります。J-SPARCでは、コンセプト共創と事業実証のフェーズを設定して、その先にビジネス化があるのですが、ビジネスで完全に独り立ちしたときに、JAXAの知財を使ってれば、ロイヤルティーは発生しますが、実際どのように運用するかはケースバイケースですね。売上が出ていない段階で、いきなりロイヤルティーをいただくと、ベンチャー企業の場合には厳しいので、柔軟な形でやろうというふうには決めてます。一個一個手作りみたいな感じです。
倉原:助ける、支援する側としてプロジェクト作っていただいてるんだなっていうのが分かりました。
岩本さん:そうですね。より具体的な話をしていただければ、うちの現場側に適切な人がいるかとか、誰がどういう関心持ってるのかって、探ってきて、こんなご協力できないかとかお話をできるかと思います。
(続)
後編では、近年の宇宙産業、国と民間の関係の変化と宇宙ビジネスの将来についてお伺いします。