J-SPARCプログラムを運営するJAXA新事業促進部(取材当時)の岩本裕之さんとの対談。
前編では、JAXAの新事業促進部の活動とJ-SPARCプログラムについてについてお話をお伺いしました。
後編となる本稿では、近年の宇宙産業、国と民間の関係の変化と宇宙ビジネスの将来についてお話しいただきました。

岩本 裕之(いわもと ひろゆき)
宇宙航空研究開発機構(JAXA)人事部長(取材当時:新事業促進部長)
平成3年、宇宙開発事業団(NASDA)入社。これまで宇宙の営業マンとして、宇宙ステーション計画のプログラム管理及び民間利用の推進、H-IIロケットの民間移管、海外駐在(米ワシントン/仏パリ)、宇宙教育、宇宙産業強化・利用拡大、宇宙技術のスピンオフ、衛星データ利用推進、民間企業との共創活動(J-SPARC)推進などに取り組んできた。
2021年1月より現職。現在は、人事の立場から、宇宙業界における人材育成や人材流動性に関する取り組みを推進している。
JAXA新事業促進部:https://aerospacebiz.jaxa.jp/
近年の宇宙産業の変化と国と民間の関係について
倉原:次に、宇宙業界で感じる変化について、質問をさせてください。民間で起こっている変化、あとは国の中での宇宙産業とかJAXAさんに対する国の意識とか位置付けみたいなのがどう変化してるか、民間と国、2つの点でお伺いしたいです。
民間のほうは、ここ10年大きく変化しましたよね。私、2006年にISU(The International Space University)に行ってたんですが、同級生の一人が、「俺、SpaceXに就職するんだ」みたいこと言ってて、みんなで「SpaceX? 何それ?大丈夫?その企業」みたいなのを話した記憶があるんですが、そこから14年であんな感じですよね。
また、2012~2013年ごろからプラネット、スパイアみたいな会社が出てきて、アメリカで衛星事業スタートアップが盛り上がって、ばーっと資金調達しましたみたいなニュースが流れて、今もスタートアップ盛り上がってはいるものの、アメリカの衛星スタートアップに関しては、投資家のお財布のひもが固くなり始めてる、そういう波もありました。
JAXAさんの立場でこの10年を振り返っていただけますか。
岩本さん
SpaceXが設立されたのは2002年だったと思いますが、当初は「本当に、できるの?」っていう声がJAXAの中でもありました。ロケットの開発はリスクも高いし、お金もかかるし、もう国しかできないってみんな思ってたところはあるし、技術的に民間が開発するのは難しいんじゃないのっていう雰囲気はすごくありました。ところが打ち上げるだけでも難しいと思ってた民間企業が、今は逆に政府がやってない機体の再使用まで実現している。JAXAのエンジニアが、空から機体が射場に戻ってくるのを見て鳥肌が立ったっていうくらい。やはりすごいなと思います。
昨今の宇宙ビジネスの動きには、3つの大きな背景・流れがあると思います。
1つ目は、SpaceXのイーロン・マスク、ブルーオリジンのジェフ・べゾス、ヴァージン・ギャラクティックのリチャード・ブランソン、いわゆるお金持ちの人たちが、自分たちのやりたいこととして、宇宙開発にお金を注ぎ込んで、実現していることです。ブルーオリジンの人と話してると「もうけは考えてない。うちの社長の夢をかなえてあげるんだ」と言って動いてる。SpaceXについても、あのロケット機体がそのまま戻ってくる再使用の方法を採用しているのは、イーロン・マスクを火星に連れて行って、そのまま帰ってこなきゃいけないからです。火星に最適化するとパラシュートじゃないんです。あの形で着陸してまたそこから打ち上んなきゃいけない。そういう個人の想いを実現するところにつなげる宇宙開発が民間企業でできるようになってる。それに彼らが実際に開発を実現できたということが、世の中に民間企業でもできるんだって見せたと言うことが、まず大きいです。
2つ目が、小型衛星です。JAXAでも、超小型衛星や大学のCubeSatを搭載して、H-IIAロケットに相乗りして打ち上げていました。相乗りで無償で打ち上げる制度を作れば、みんな衛星を作りたくなるよね、っていう発想であの施策をやったんです。それまで相乗り衛星、小型衛星って、ロケットが決まって、乗れるって決まってから開発してたのを、そうじゃなくて、順番待ち制にしたんです。順番待ちをリスト化して、打ち上げられる機会が出来たら、上げますよ、っていうふうにした。これによってすごくユーザーが増えたし、かつ寿命も短いので、小型衛星を、秋葉原部品で作ってもいいんだっていう形に変わった。大型衛星中心の衛星開発とは異なり、小型衛星なら作れる民間企業さんっていうのがどんどん出てくるようになった。
3つ目が、データ処理です。昔、「だいち」(ALOS)をJAXAが打ち上げた時って、日本で全部のデータを処理することができなくて、アメリカとかヨーロッパで受信してもらって、もう勝手に解析していいですよ、って言ってた時代もありました。今、1カ所に全部のデータを落としても処理できちゃうし、それこそ1時間置きとかリアルタイムでの解析できる。ソフトウエアとか半導体のチップも含めて改善改良されて、そういうことができるようになった。
この3つが時代を変えてきたんだろうなと思います。
倉原:2つ目のロケットの打ち上げリストの話は、目からうろこでした。順番待ちリストって、自分の順番ここで、その順番が1年後に来るから、そこ目指して衛星作ればいいってなるんですね。
岩本さん
あれは、朝、シャワー浴びてる時に思い付いたんですけど(笑)。どうしたらみんな衛星作ってくれるかなと思って。とにかくリストに登録させよう、やりたい人みんな手を挙げてもらおうっていう、そんな感じで始めました。
倉原:最後に言われてたデータの話ですが、昔は、アメリカで下ろしてそれをJAXAさんのほうで処理できなかったんですか。
岩本さん
データがすごい大容量なんで、日本は日本の欲しい分だけ下ろして、それを処理するのが手いっぱいだったんですよ、当時の計算機では。なので、アメリカはアメリカで下ろして使っていいようになってたし、ヨーロッパはヨーロッパで下ろして使っていいようになってたんです。計算機が性能アップして使えるようになってからは、使うときはお金取るよとか、使っていいけどそのデータは我々がもらうっていう形になりました。国際協力でやってたのが、もう我々だけでできるからっていうふうに、どんどん変わりました。
倉原:サーバー、計算機側の処理もすごい影響してたんですね。
岩本さん
あとは、落とす受け側の能力もありますね。鳩山(埼玉県比企郡にある、JAXA地球観測センター)なんか膨大なデータが保管されてましたから。あの昔のオープンリールみたいな。
倉原:見学しに行ったことがあります。ビデオカセットみたいなのが大量にあって、何だこれと思った印象があります。
岩本さん
そうそう。しかも、レベル1を処理しないと使えないじゃないですか。その処理もまた時間かかる。
倉原:データは確かにすごく進化した、変わったんでしょうね。
岩本さん
そう。今はそのままサーバーからAPIで出したりする。昔だったら、いつの、どこの地域のデータかをまず決めてから処理して提供していましたが、今はもうバルクで販売とか、コードみたいなサブスクでデータも買えたりするじゃないですか。それを使って、ユーザーが「あれを、いついつの、こんな状況が知りたい」ぐらい言えば、それだけを入手することができるようになってる。そうなると、どんどんユーザーも広がりますよね。
倉原:そうですね。SARをやれる衛星とか会社さんが増えてきてますけれど、SARのデータは重いので、クラウド技術がなかったら、ビジネスでこんなに伸びてなかったかもしれないですね。
岩本さん
そうなんですよ。
倉原:月とか火星とか周りのビジネス、その辺の変化についてはどうでしょうか。月とか火星は、地球観測衛星とは別の次元で、国主導でという感じだったと思うんですけど、アイスペースさんの他に、海外でも月の資源でビジネスやるんだみたいな会社さんが増えてますよね。そのあたりが今後どう動いていくのか、またどういうふうにJAXAさんでサポートされるのか、教えてください。
岩本さん
宇宙ビジネス・市場を今後大きくしていくためには、基本的に、輸送の役割が大きいんですよね。月に行ける輸送機があれば月行けるし、火星に行くのがあれば火星に行ける。そこでビジネスができますよね。アイスペースさんも今、月に行くために、自ら輸送系も調達しています。輸送する機会増えることで、輸送系がどんどんどんどん安くなって、次にデータビジネスとかいろんなことができてくると思います。
それらの活動に対する国の位置づけについてですが、もう民間企業で月への着陸もできるし、探査もできるし、月で活動するための技術は育ってきているっていう認識をしてます。その中で、まだ民間企業だけで実施することが難しい部分を国が実施するんだと考えています。元々国の予算は限られてるので、民間企業でできるようになったことは、民間企業が実施することで良いと考えています。例えば、以前国がやってた、気象衛星、放送衛星、通信衛星、それらは今はもう民間企業でやってる。なので、JAXAでは通信衛星プログラムは少なくなっています。限られた予算の中で、移行できるものはどんどん民間に移行して、JAXAは次は、月に行こうか、深宇宙やろうか、っていうふうに、どんどんシフトしてくんです。
国の基本スタンスって、民間ではできないところをやっていこうというのがあります。だから民間が月までできるのでそこは任せて、われわれさらに遠くに火星に行こうと、そういう流れになっていくのかなと思います。今はJAXAとしての立場なんですが、じゃあ国としてどう考えてるかもやはり同じで、民間でできることは民間から調達しましょうということは、今回改訂された宇宙基本計画にも書かれました。昔、宇宙って科学技術政策だったので、科学技術庁の下、研究開発が主体だったんです。それがどんどん変わってきていて、今は宇宙が国家政策・経済政策の一つになってきてるんですよね。
前回の第4期の中長期計画では、産業振興しようって言葉がたくさん書かれてます。改訂された宇宙基本計画では、この産業振興からさらに進んで、”経済成長とイノベーションに貢献する宇宙”になってる。国がやるとこはやるけど、民間がどんどんイノベーション起こしてくのを一緒に連携して、できるとこはどんどん任せる、そういうふうに変わってきています。
倉原:産業振興と経済成長の違い、経済成長はもうお金もうけてこいっていう話ですか。
岩本さん
そうです。産業振興は、宇宙産業が海外で宇宙機器が売れたり、宇宙が産業分野として大きくするという話です。経済成長はもっと大きな、日本自体の景気の後押しをするような施策に変わったり、日本が新しい科学技術創造立国となっていくことを後押しする、そういうものに位置付けが変わってるということです。
倉原:それはすごく大きい変化ですね。
岩本さん
そうですね。私がNASDA(宇宙開発事業団:JAXAの前身のひとつ)に入ったころは、宇宙はビジネスにならないと言われてました。当時から、自分はずっと産業化、どうやって民間で宇宙活動をやるかに取り組んできたのですが、まだまだ大きくなっていく可能性あるのかなと感じています。
倉原:私も「スタートアップで宇宙やってます」って言うと「夢があっていいですね。でもお金もうからなさそうですよね。」って言われるのですが、「いや、お金ももうけます」って言わなきゃいけませんね。
岩本さん
それは言われ続けるんだと思うんですけど、やっぱり「夢があって良いね」っていうのは、ずっと続くんでしょうね、
倉原:夢のほうはずっと続くと思うんですけど、経済とか産業としてもしっかり基盤ができたね、今の時代に変わったよねって、例えば10年後20年後に言われるようにしたいですね。
岩本さん
やっぱり、夢ってできたらいいなじゃないですか。憧れとか、先を見てる。だけど、宇宙開発を実際にどう実現してくかっていうのは、われわれの仕事です。ドラえもんのひみつ道具ができたらいいなと思ってるのができちゃうとか。アーサー・クラークの白鹿亭奇譚という『ある紳士に語られる技術の大ぼら話』の短編集あるんですが、それを見ると当時空想で書いてても、今、半分ぐらいはもう現実になってる技術がいっぱいあるんですよ。そういうイメージです。腕時計で会話できたらいいなみたいなのも、実際できるようになってるし。宇宙もその一つかなと考えています。
倉原:映画の『バック・トゥ・ザ・フューチャー』に出ていたやつが、もうこんなに実現してますみたいな話とかも取り上げられたりしますよね。
岩本さん
ESAがたまに真面目にやるんですよ。昔言ってたSFの技術はどこまでできてるかっていう、レポート書いたり。ヨーロッパはすごいですよ。今、ESAが作ったクイーンのボヘミアンラプソディーの替え歌を、YouTubeで流してるんですけど、めっちゃすごい、本気入れて作ってる。もう感動するぐらい。ESAはそういうのを結構、楽しみながらやってる感があって、すごい好きなんです。
倉原:遊びを本気でやるっていうの、いいですよね。宇宙開発にも通じるところがある。月なんか行けるわけないだろうって言われながら必死でやってたら行っちゃったみたいな。
岩本さん
そうそう。役に立つとか立たないとか、そういう何かのためにっていう以外の部分、そこが面白いとこですよね。
倉原:実際にそれで思いもよらなかったことが、日常生活の中とかで出てきたりしてるので、意味があることだと思います。
岩本さん
今、コロナ禍でも、食事について備蓄食だったり、衣類でも例えば滅菌のとか、いろんな生活に役立つ部分も出てきてるし、いろいろ可能性があると思います。
倉原:では最後に、2021年の展望、2021年に向けて一言お願いします。
岩本さん
常にわくわくしたいですよね。
J-SPARCのキーワードって「わくわく感」と「スピード感」なんです。2021年もやっぱり、どんどん面白い、みんなが想像つかないことを生み出していきたいし、現実にしていきたいし、どんどん頑張っていきたいなっていう感じです。
倉原:うちもスピード感はすごく大事にしたいです。うかうかしてるとあっという間に、海外の人たちとかに1周遅れに取り残されちゃうみたいな危機感がすごくあります。
岩本さん
そうですよね。昔だったら衛星1個開発するのに10年かかるんだけど、今は1年2年で作らないと、どんどん周回遅れになっちゃいますよね。SpaceXはあれだけ失敗しても、失敗した翌日にはまた打ち上げる感じですし。やっぱりすごいですよ。
倉原:危機感ありますね。SpaceXは、最近スターリンク優先してるみたいなので、海外の衛星は後回しでみたいなのがないとも言えません。自分たちでいろいろできるように考えておく必要がありますね。
岩本さん
ほんとにそうなんですよね。結局自分たちで打ち上げ機を持ってないと、海外に頼らざるを得ない。でもビジネスでやる以上は公正な順番待ちっていうのはなくて、収益の上がるところから彼らはやっていきますよね。ですので、J-SPARCで今4つ輸送系企業と共創活動してますけど、とにかく日本で自由に宇宙活動できるようにしていかないと、ビジネスの裾野が広がっていかないかなっていうのは、正直なとこです。
倉原:そうですね。自分でスピードもコントロールするためにも、自分たちでいろいろできるようになってないといけないのかなと思います。
今日お話をお伺いして、宇宙が着実に現実に近づいてることを実感しました。インフォステラだけじゃなく他の会社さん含めて、ちゃんと事業作っていかなきゃいけないなというふうに思いました。
岩本さん
ぜひよろしくお願いします。
倉原:岩本さん、お時間をいただきありがとうございました。