2021年2月、宇宙業界において新しい試みが発表されました。

お寺を宇宙に打ち上げる「宇宙寺院」プロジェクトです。
京都大学発の宇宙ベンチャーで、人工衛星の開発を行うテラスペース株式会社と世界遺産であり真言宗醍醐派總本山の醍醐寺が業務提携を行い、人工衛星による「宇宙寺院」の開発と打ち上げを行うというものです。

宇宙寺院プロジェクトを進めるテラスペース株式会社代表の北川貞大さんにプロジェクト立ち上げの背景についてお伺いするとともに、このプロジェクトを立ち上げる上での困難、そこから見えてくる日本のビジネス課題、このプロジェクトにかける想いについてお伺いしました。


北川 貞大(キタガワ サダヒロ)

(生年月日)1968年4月19日
(最終学歴)京都大学経営管理大学院
(職歴)
1996年4月 カゴヤ ・ジャパン株式会社 取締役就任
2000年9月 同 代表取締役就任
2020年2月 テラスペース株式会社 代表取締役就任

テラスペース株式会社 https://www.terraspace.jp/
劫薀寺(宇宙寺院プロジェクト) https://www.gounji.space/


宇宙寺院プロジェクト立ち上げの背景

倉原:北川さんはこれまでカゴヤ・ジャパンにおいて、データセンター運営やレンタルサーバー、クラウドサービスなどのインターネット関連のサービスを提供されてきましたが、どういったきっかけで宇宙に関わるビジネスを始めようと考えられたのか教えていただけますでしょうか。

北川さん
これから新規事業を始めていくに当たって、一度ちゃんと経営学というのを勉強してみようかなと思い、一昨年ぐらいから京都大学のビジネススクールのほうに入学しました。京都大学のビジネススクールは、ちょっと変わってまして、ビジネススクールなのに、授業が昼間にあるんです。普通は夕方、夜にかけてだと思うんですけど。説明会では、週2日ほど来てもらったら卒業できますみたいなことを聞いてたので、そうかと思って入ったんですけど、実際行ってみると、ほぼ毎日行かないといけなくて、昼間、普通の大学生と一緒に大学に出てました。仕事と勉強両方やるのは大変だったんですが、良いところがありまして、他の学部の授業も受けられるということでした。普通は、ビジネススクールって、経営学の関係の必要な授業しか受けられないんですが、京都大学の場合は、別の学部とか大学院の授業も受けられるんです。卒業単位とは関係ないんですが、一応単位が取れます。なので、空き時間をできるだけ他の学部の授業を取るようにしてました。経営学よりもおもしろい授業も多かったんですが、中でも、宇宙関係の授業というのがおもしろかったです。

倉原:京都大学は、理学系の宇宙関係が強いですよね。有名な先生方もいらっしゃいます。

北川さん
そうですね。僕が行ってた時は、宇宙飛行士の土井隆雄さんも、教授でおられて、独自の有人宇宙学という講座を履修させていただきました。そういう授業を受けて、新規事業に宇宙ビジネスが面白いんじゃないかなと思いました。始めは人工知能系とかウェブデータ系なんかを検討してたんですが。宇宙ビジネスが面白いんじゃないかと思った理由は、人工衛星にしても、他のビジネスにしても、私が、カゴヤ・ジャパンを始めた頃のインターネット業界にものすごく似てるなと感じたからです。

倉原:どういうところが似てるなと感じられたのですか?

北川さん
自分たちでつくり出していってるところですね。
インターネットも、その標準ですとか、使い方ですとか、それをどうマネタイズするのかということを、自分たちで考えていました。それまでは国家レベルや大企業が使ってたインターネットなんですけれど、それがどんどん民間の企業で使えるようになって、個人でも使えるようになった。今の宇宙産業はそういった状況が、とても似てるなと思います。インターネットもそうでしたし、そこからまた20年ほど前は、パソコンもそんな状態だった。そういう段階にあるようなビジネスのほうが、自分自身には向いてるなと。
宇宙ビジネスで新規事業を考えるようになりましたが、特にその中でも人工衛星が面白いなと思うようになりました。それで、MBAも行ってましたけど、その後、自分の研究テーマそのものも宇宙寺院というものにしました。

倉原:宇宙寺院というテーマを選ばれたきっかけって何だったんでしょうか。

北川さん
人工衛星を使ってやることって、いろいろあると思うんですが、人工衛星のセンサーを使ってデータを取って、そのデータを加工してサービスしているというパターンの事業は結構やられてるので、あまり今から自分がやる意味はないんじゃないかなと思いました。まだ誰も宇宙でやっていないっていうところで、お寺がないなと。始めてみると、皆さん、すごいびっくりされるんですけど、僕としては、昔から京都に住んできて、あちこちに普通にお寺があったので、人間が宇宙に行ってるのに、宇宙にお寺がないのは、必要なものがないなというぐらいの感覚でした。

元々の着想はそうなんですけれど、それもやっぱり掘り下げていろいろ考えてみると、意味のあることじゃないかと感じています。というのは、日本の仏教の場合は、檀家制度っていうのがあるんです。仏教を信仰していますという人には、それぞれ菩提寺というものがあって、その菩提寺の檀家になってるわけです。先祖代々同じ菩提寺にお参りをして、そちらでお墓もつくって、お寺のほうで、それを法要してもらうというのが檀家制度です。昔、日本人のほとんどが農業を営んでいた時代では、それはいい制度だったと思うんです。農業をされてた時代というのは、先祖代々同じ所に住んで、個人単位ではなくて、家単位で生活をしていくという形でした。ですから、檀家というだけに、個人で属してるわけではなく、家単位でお寺に属してるわけです。それは変更されないという前提で続いています。ですから、そのスタイルからいうと、お寺は、家のことを過去のことからずっと分かってくれている、そして、自分もお寺のことを知っているという、すごく濃密で密接な関係があった。しかも、神仏集合といいまして、お寺の中に神社もあって、同じ場所で信仰もされていたわけです。ですから、神道も仏教も同じシステムで動いていたわけです。

しかし、今は、農業をされてる方ってほとんどいないわけです。日本人の半分以上はサービス業か、または製造業を営んでいるわけなんです。しかも、生まれた場所と大学、職場という、それぞれ違う場所に引っ越すっていうのが当たり前で、働き出してからも、転勤が普通にありますし、子どもができれば、子どももまたどこかに行くというのが当たり前です。ですから、お父さんやおじいさんの実家にずっと住み続けるというのは、かなり今、レアになっています。そうなると、菩提寺はどこなんだというと、そのおじいさんの実家の近所のお寺ということになる。そこが自分の地元ということになります。よくお盆になると、地元に帰って、お墓参りをするとか、何年間に1回、法事もあれば、その地元に帰るとか言いますけれど、その地元というものに対して愛着を持たれている方がだいぶ減ってきている。お父さんの実家なら、自分が生まれた所なんで、結構地元感があるわけですよ。小さい時の思い出もありますから。でも、おじいさんの実家ということになってくると、結構縁が薄くなっちゃってるわけです。ですから、そこに菩提寺があって、そこにお参りするということに、昔の日本人のように、親しみのあるお寺に対してお参りをするという感覚ではなくなっている。ですから、お墓参りといっても、儀式的に参加する。墓参りならまだしも、法事ですとか、お寺の行事というのは、儀式としてそこに行かなければならないから行くんだけど、別にそれ以上の思い入れは、なかなか生まれづらくなってきてる。

倉原:そこに新しい仏教の形を提供するような機会があるのではないかと考えられたのですね。

北川さん
そうですね。仏教や神道などの信仰について、日本人って信仰深いといわれてますけれど、ほとんどもう儀式しかやってないんです。初詣での神社でのお参りの仕方とか、お葬式とか法事での作法、そういうことは頑張って勉強するんですけど、中身について何か知ってるかというと、あまりそれは知られていない。これが日本人のライフスタイルと仏教の制度との乖離、矛盾なんじゃないかなと。では、何がその原因なのかというと、お寺自体が地理的な条件に縛られてしまっているからじゃないかと思ったわけです。それで、お寺自体が、人工衛星によって、位置的条件というものと切り離されれば、そういう乖離や矛盾はなくなるのかなと考えました。

倉原:私の実家にも菩提寺はあるはずなんですけれど、何回か行ったことあるぐらいの記憶しかありません。仮に両親が亡くなったら、私はどういうつながりを菩提寺と持つだろうかなと思うと、全然想像がつきません。

北川さん
そうですよね。それは、お寺にとっても、その檀家、お寺にお世話になってる方にとっても不幸なことなんじゃないかなと思います。そこで宇宙寺院というものがあって、その宇宙寺院と提携してもらう、地方のお寺が、宇宙に自分のお寺の別院があると考えてもらえば良いのではないかと考えました。そうすれば、お寺と檀家さんとのつながりというのが、回復でき、なおかつ、日本人の宗教観も回復できるんじゃないかなと考えました。

倉原:醍醐寺のニュースを拝見して、私も非常に驚きました。いろいろ反響があったんではないかなと思うんですけれど、どんな反響がありましたか。

北川さん
やっぱり単純に面白いという方が圧倒的に多いですね。もう少し深い方になってくると、真言宗は元々宇宙の宗教なので、宇宙にお寺があるのも非常に納得感があるという、そういったご意見も多かったです。中には、お寺を宇宙に造るのなら自分の骨も持っていってほしいみたいな人がいたりとか。まだ生きてらっしゃるんで無理なんですが。

倉原:醍醐寺さんとのご関係、プロジェクトの成立の経緯を教えていただけますでしょうか。

北川さん
このプロジェクトをやるに当たって、どこかお寺のサポートが必要なので、なるべく本山に近いお寺ということで考えましたところ、醍醐寺さんが最適ではないかと思いました。普段から醍醐寺さんのほうでは、文化財の保護ですとか保全というものにかなり力を入れてらっしゃるということも伺っておりました。文化や芸術を育成していくというのも、お寺の役割として持っているものです。それで、醍醐寺さんの執行部長をされている仲田さんとのご縁で、醍醐寺さんのほうにプレゼンをさせていただきました。

倉原:醍醐寺さんとか仲田さんの反応はどんな感じでしたか。

北川さん
最初から積極的に関わっていただくことができました。仲田さん個人としても、元々SFとか宇宙関係に興味をお持ちだったということもありますし、真言宗というもの自体が教義的に宇宙と親和性が高いということもあり、実は昔からこういうことができたらいいなと思ってたということでした。真言宗のお寺には五重塔ってあるんですが、見られたことありますか。

倉原:はい、あります。

北川さん
あの五重塔も、実は宇宙の縮図なんです。高く積み上げて宇宙に近づくためのものでもあるし、五重塔の5階建てというのも、宇宙の5要素を再現されてて、あの中には、立体曼荼羅とか、宇宙を地上に再現したものが入ってるんです。だから、昔は五重塔の中で瞑想をしていたようです。本当は宇宙へ行って瞑想をしたいんだけど、実際に宇宙に行くわけにいかないので、地上で五重塔を造って、そこで瞑想していた。でも、今のテクノロジーを使えば、本当に宇宙に行って瞑想するということも、不可能ではなくなってきてるわけです。実際自分が行くことができないとしても、お寺だけでも宇宙にあって、そこと通信することで、真言宗の教義の一部に近いことができるんではないかということを考えておられたようです。

倉原:元々教義の根本にあったようなものがマッチしてたんですね。では特に反発もなく一緒にプロジェクト化しようみたいなことになったんですか。

北川さん
意外なことにそうなんです。怒られるんじゃないかと半分思ってたんですけど、意外にも、すんなりと受け入れていただくことができました。しかし、お寺も結構大きい組織なので、その後、中の根回しとか説得が結構大変だったようです。お寺の中の調整に、1年ほどかけて動いていただき、前に進めることができました。

(続)

後編では、「宇宙寺院」プロジェクトを立ち上げる上での困難や日本のビジネス課題、このプロジェクトにかける北川さんの想いについてお伺いします。